321 で 123

メトロポリタン美術館近くの冬空。
このボンボリみたいなのができる木は、なんというのかな。
冬空とこのボンボリは、相性がとても良いと思う。
さて
手立ては何でもいいとして、何か表現したいなと思うとき。
自分の頭のなかはこう動いてんな、ということが最近わかった。
それが、321で123。
何それ・・っいうと、
3次元→2次元→1次元 にしてから 1次元→2次元→3次元
に戻すというもの。
こういう組立てを、頭の中や紙の上でしている。
というか、どうしてもこうなってしまうようだ。
みなさんも同じかもしれないし、みんな違うかもしれない。
むしろ、おれは違ってこう動いているという人がいれば、
一度聞いてみたい。方法を教えてください・・・。
なぜかって、上記の方法による思考方法なものだから、
わたしは、とにかくすごく手が遅い。
たとえば、わたしは書くことが好きだ。
で、何か書きたいと思う。
童話でもエッセイでも日記でも、まぁ何でもいい。
何でも書きたい。
しかしここで既に、的は一つに絞られておらず、すでに2次元。
目の前に面を想定している。
で、書きたいもの。
これがまた数多ある。
イメージでいえば、たぶん私は物事を俯瞰するトリのような目はない。
よほど意識していないと、ある一点を穴が開くほど見つめてしまう脳みそ。
どちらかというと、目の前の世界を方眼紙を当てて見ているようなイメージだ。
その方眼の目ひとつひとつをできるだけ観察したいし、
観察して見えたものを言葉や絵にしたいし、そうするべきだと思っている。
細やかにみれば、面白いことやキレイなものは、
数多転がっているはずだし、事実そうだからだ。
うらを返せば、要はめちゃくちゃ欲張りなのだ・・・。
あれもこれも、やってみないと見てみないと気が済まないというか、気持ちが安定しない。
何も知らないことが、何も見ていないことが怖いと思う。
だから、何か書こうという場合、
3次元に散らばる、書いてみたいものたちをいっぱい見つけてみる。
それがまぁ日常。
そこから、見つけた点たちを面にできるかどうかを探す。
ここがもう、技量がないから大変な時間を要してしまう。
そして、何とか3点以上を紡いでできた面の中の
どこの1点について書くか、頭にはっきり持っていない限り、書いている内容がぶれ続ける。
今、まさにその只中だ・・・。
ただ、ここという1点すら見つけてしまえば、早い。
口が開いてて、涎を垂れてしまうくらい、あとは没頭して突き進むのみ。
そして書きたい1点をまず二次元の面に広げて描き、最終三次元の空間のように言葉や絵で描けた!
ていうところがGOAL。
今のわたしは、まだ2次元にすら描ききれず、
歯がゆい毎日だけれども。
あまり指南書というものを読まないから分らないけれど、
デザイナーとかエンジニアとか何か表現したいと思っている人は、こういう意識なものですか。
もっと、シンプルで要領よく、賢いやり方をしているものでしょうか。
考えてみりゃ、これは30年の自分の人生も同じ方法だ・・・。
とりあえず楽しそうなもの、気になったこと、流れで身に起こったことは
すべてやってみて、そこから自分がしたいこととかをしぼっていくっていう・・。
要領わりぃ・・っていうのが、もう私の思考回路なんやなぁ。
まぁ、人生においては
ようやく321のところまできたから、あとは123をするだけやねんけど。
さて
要領を得ない自分の頭の構造は分かったのですが、
今書いている作品の軸がぶれて、締切も近いのにあひゃ〜〜〜となっております。
すっきりした頭脳がほしいぜ。
- 2012.01.22 Sunday
- freetalk
- 06:00
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- by kouda makiko















































